結論から言うと、点検調書の作成で手間が残っているのは、損傷を見つける工程より、判定のあとの工程です。写真や映像から損傷を拾うAIは実用が進んでいますが、写真と損傷の対応づけ、損傷図、調書・台帳・集計表への転記、所見の文章は、いまも多くが手作業です。判定結果を1つの一覧にまとめ、そこから各様式へ書き写す・集計する・下書きする作業を生成AIやAIエージェントに任せると、この部分を減らせます。健全性の診断と措置の判断は技術者に残ります。
この記事は、橋梁・トンネル・下水道管路の点検や、点検結果をもとにした補修設計を担当している建設コンサルタントの技術者に向けたものです。点検の業務でどこをAIに任せるかを社内で決めるときの材料にしてください。外の手を借りて進める場合の頼み方は建設コンサルタントのAI推進のページに、業務全体の中での点検の位置づけは建設コンサルタントの仕事の流れにまとめています。
点検業務の流れと、AIが入っている所
AIの実用が進んでいるのは、写真や映像から損傷を拾う工程で、そのあとの工程はまだ手作業が中心です。橋梁の定期点検は、計画準備、現地踏査、現地点検(近接目視・打音)、損傷写真の整理・損傷図・損傷程度の評価・健全性の診断、調書作成、納品の順で進みます。これまでは、技術者が近接目視の結果から判定し、表計算ソフトに手で入力して調書を作ってきました。
写真から損傷を拾う技術は、国の点検支援技術性能カタログに載る技術や、各地の実証で使われ始めています。トンネルでは、覆工の画像から変状展開図を作る技術も出ています。下水道の管路では、テレビカメラの映像から異常を判定するAIが、国の実証事業で確かめられてきました。ただし、どの資料でも、AIの判定は人の目による確認を前提にしています。
判定のあとに残る作業は何か
判定のあとに残るのは、写真と損傷の対応づけ、損傷図、様式への転記、集計、所見の文章の5つです。どれも判断は少ないのに、写真の枚数や部材の数だけ繰り返すので、時間が積み上がります。
| 残る作業 | 中身 | 手間の手がかり |
|---|---|---|
| 写真と損傷の対応づけ | 写真番号と、部材番号・損傷番号をそろえて写真台帳にする | 写真を1枚ずつ見て照らし合わせる |
| 損傷図・変状展開図 | 損傷の位置と寸法を図に描く | 橋梁補修の確認調査では1橋あたり2.3人日で、確認調査の作業の中でいちばん大きい(香川県の標準歩掛。橋面積100〜250㎡・地上や足場を使う場合) |
| 様式への転記 | 点検調書や台帳に、同じ判定結果を書き写す | トンネルの点検では、総括表や変状写真台帳など様式が全15種類ある例がある(浜松市) |
| 集計 | 健全度・緊急度の集計表を施設全体でまとめる | トンネル本体工の健全度集計表は、打音検査と診断の結果を踏まえて作る(長野県の様式) |
| 所見・報告書の文章 | 判定の理由と措置の方針を書く | 言い回しは定型が多いが、施設ごとに書き分ける |
出典:香川県土木部道路課「橋梁補修調査設計委託標準歩掛」3.2 損傷箇所の確認調査、浜松市 トンネル定期点検 付録4、長野県 点検調書の様式一覧
香川県の歩掛を細かく見ると、損傷箇所の確認調査は1橋あたり計8.4人日で、内訳は現地踏査1.8、外観変状調査1.2、形状寸法測定1.2、損傷図作成2.3、報告書作成1.9です。損傷図作成2.3人日のうち1.5人日は技術員の分で、若手が図を描く時間として見込まれています。形状寸法測定は、竣工図書がない橋だけに計上されます。
下水道の管路でも同じ形が見られます。下水道の調査に関する講演資料では、ノズルカメラの調査で、現場で撮影したあと事務所に戻ってから、異常の判定・画像の切り出し・手書きのメモ・システムへの入力をしており、この作業に1人1日あたり1〜2時間かかると紹介されています。
なぜ転記が重くなるのか
転記が重くなるのは、技術者が決めた同じ判定結果を、様式ごとに何度も書き写すからです。点検調書、台帳、集計表、報告書の所見はそれぞれ別のファイルで、判定を1か所見直すと、書き写した先をすべて直し直すことになります。
様式が発注者ごとに少しずつ違うことも、手間を増やします。例えば広島県のトンネル定期点検要領は、改定で記録様式に健全性の診断区分の所見を足しました。様式が変わるたびに社内のExcelのひな形を作り直すと、その分だけ書き写す先が増えていきます。
生成AI・AIエージェントに任せられること
判定結果の一覧が1つあれば、そこから先の書き写し・集計・下書きはAIに任せられます。AIに渡すのは技術者が決めた結果なので、AIが判定をするわけではありません。
| 任せる作業 | AIに渡すもの | 技術者が確かめること |
|---|---|---|
| 写真番号と損傷番号の突き合わせ | 写真のフォルダと、損傷の一覧 | AIが出した抜け・重複の一覧を見て直す |
| 調書の様式への書き写し | 判定結果の一覧と、発注者の様式(Excel) | 写した値が一覧と合っているかを抜き取りで見る |
| 健全度・緊急度の集計表 | 判定結果の一覧 | 合計が施設数や部材数と合うか |
| 所見の文章の下書き | 判定結果と、過去の所見の書きぶり | 判定の理由が技術的に正しいか |
| 前回点検との比べ合わせ | 前回と今回の判定結果の一覧 | 変わった所の理由 |
様式がExcelなら、AIエージェントはファイルを開いて決まったセルに書き込むところまで引き受けられます。紙やPDFで残っている古い調書・台帳から一覧を起こす作業も候補です。図面の数値をExcelに起こす例は、下水道の縦断図をExcelに読み取るで手順を紹介しています。どの作業をAIエージェントに頼めるかの全体像は、建設コンサルタントがAIエージェントに任せられる業務8つも参考になります。
技術者が決めること
健全性の診断、措置の判断、そしてAIが拾った損傷を採るかどうかは、技術者が決めます。写真から損傷を拾うAIにも、補修の跡や補強の板を損傷と取り違える例が報告されています。AIに任せるのは、技術者が決めた結果を写す・数える・下書きする所までと線を引いておくと、確かめる範囲がはっきりします。
- 健全性の診断区分と、その理由
- 補修・補強などの措置の要否と緊急性
- AIが拾った損傷の採否(取り違えがないか)
- 書き写したものの最終確認と、調書への記名
始め方:判定結果の一覧の列をそろえる
最初の一歩は、1つの点検業務で、判定結果の一覧の列をそろえることです。列が決まれば、どの様式へ書き写すかは対応表で決められます。
- 1. 判定結果の一覧の列を決める(施設・部材・位置・損傷の種類・程度・写真番号・健全性・措置)
- 2. 発注者の様式を1つ選び、一覧の列と様式のセルの対応表を作る
- 3. AIに書き写しと集計をさせ、技術者は抜き取りで確かめる
- 4. かかった時間を、これまでのやり方と比べる
効果を測るには、AIを使う前に、いまの転記と集計にかかっている時間を先に記録しておくことが大切です。社内での広げ方は、DXロードマップの作り方で3段階に分けて整理しています。
- Q.点検調書の作成を効率化するには、何から始めればよいですか?
- A.判定結果を1つの一覧にまとめ、その列をそろえるところからです。一覧が決まれば、発注者の様式への書き写し、健全度の集計、所見の下書きをAIに任せ、技術者は抜き取りで確かめる形にできます。
- Q.橋梁点検のAIを使えば、調書まで全部できるのではありませんか?
- A.写真から損傷を拾う技術や、調書の作成までつなぐ製品は出ています。ただし健全性の診断は技術者が行い、AIの判定は人の確認が前提です。発注者ごとの様式への書き写しや、台帳・集計表・報告書との整合は、業務ごとに残ることが多い作業です。
- Q.発注者ごとに調書の様式が違っても使えますか?
- A.使えます。判定結果の一覧を共通にしておき、様式ごとに「一覧のどの列を、様式のどのセルに写すか」の対応表を作ります。様式が変わったときは、対応表を直すだけで済みます。
- Q.下水道の管路調査の報告書にも使えますか?
- A.使えます。スパン・距離・異常の種類と程度・緊急度の判定結果の一覧から、調査表、緊急度の集計表、報告書の下書きを作る作業はAIに任せられます。映像からの異常の判定そのものは技術者や専用の製品で行い、その結果を受け取ったあとの整理に使います。
- 1.香川県土木部道路課「橋梁補修調査設計委託標準歩掛」令和4年6月(令和8年4月1日一部改定)3.2 損傷箇所の確認調査
- 2.株式会社日水コン 講演資料(2025年5月14日、ノズルカメラ調査の帰社後の作業と管路のAI判定)
- 3.国土交通省「道路トンネル定期点検要領」2014年6月
- 4.浜松市「トンネル定期点検 付録4」(点検調書の様式)
- 5.長野県「点検調書(トンネル)」様式一覧
- 6.広島県「トンネル定期点検要領」2024年12月版
- 7.一般社団法人日本建設機械施工協会「建設機械施工」2024年5月号(点検支援技術性能カタログへの技術の追加)
- 8.国土交通省 近畿地方整備局 床版点検へのAI活用に関する資料(補修跡などの誤検出の注意)

この記事の監修
小林 由快株式会社サファリテック 代表取締役
北海道大学工学部卒。建設コンサルタントの株式会社日水コンで、土木設計と工事監理に従事。リクルートからの業務委託で新規事業開発も経験。現在はサファリテックの代表取締役として、建設・土木向けAIプロダクトの開発を率いている。
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